コラム - 企業の危機対応力 ~企業理念と広報の在り方~ | Nexal
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企業の危機対応力 ~企業理念と広報の在り方~

「企業の危機管理」
企業の不祥事や想定外の出来事が起きた際、よく耳にする言葉です。そしてその度に、様々な専門誌や書籍で広報術や組織論などの「方法論」が取りざたされます。今回は「企業の危機管理に重要な事とは何か」を有名な『タイレノール事件』から考えたいと思います。

 

全米を震撼させた『タイレノール事件』

ところで皆さんは『タイレノール事件』をご存知でしょうか?

この『タイレノール事件』の『タイレノール』とは、ジョンソン・エンド・ジョンソン社(以下J&J社)が販売する解熱鎮痛剤で、1955年に(マクニール社により)発売され、現在の米国の鎮痛剤市場の約35%を占めると言われている馴染み深い製品です。
※マクニール社はその後、J&J社に買収される。

では、この解熱鎮痛剤『タイレノール』に起きた『タイレノール事件』とは一体、どのような事件だったのでしょうか。

この事件は30年前の1982年9月29日にイリノイ州でおきました。シカゴ近郊のイリノイ州にあるエルクグローブ村の12歳の少女が『タイレノール』を服用したところ、死亡してしまうという事件が発生しました。そしてその後、7名が死亡するという大きな事態にまで発展するのです。

この事を販売元のJ&J社は、シカゴ・サン・タイムズ紙からの通報により、初めて知ります。
※以降、タイノールの公式サイトより、事件についての文章を引用しながら個人の知見を加えて解説します。

事の始まりは、シカゴ・サン・タイムズ紙から、ジョンソン・エンド・ジョンソン社に届いた一本の通報からです。それは、外部の第三者によって「タイレノール® Extra Strength (Capsule)」に、シアン化合物が違法に混入された、という衝撃的な内容でした。

報道機関からの通報で知るという事が非常にアナログであり、現在ではありえない事と思われる方もおられるかと思いますが、当時は勿論、現在においても報道機関からの通報により事態が把握される事は多くあり、報道機関の速報性はこういった事件において、非常に重要な役割を果たします。

 

発生してしまった『危機』への初動

その後、J&J社が取った対応ですが、

ジョンソン・エンド・ジョンソン社は、事件発生直後に、マスコミを通じた積極的な情報公開として、衛星放送を使った30都市にわたる同時放送、専用フリーダイアルの設置(事件後11日間で136,000件の電話がありました)、新聞の一面広告、TV放映(全米85%の世帯が2.5回見た計算になる露出回数)などの対応策を行いました。

J&J社は非常に素早い対応を行い、事態の更なる悪化を防止しに乗り出します。そして、この本文には記載はありませんが、この対応を決定するまでに所要した時間は1時間程度だったそうです。その後、即座に経営委員会を招集し、製造、販売を即中止し、全品回収の指示まで出しています。非常に迅速な対応ですね。

そして更にJ&J社は「開発・製造にかかわるすべての部門やラインを米国の検査機関に調査を自ら進んで委託」という異例の判断を下します。

これは、事件発生当時「J&J社が怪しいのではないか」という憶測が飛び交った背景があり、このような判断に及んだと言われています。
しかし、全商品の回収にJ&J社は1億ドルを投じたとも報道されており、「企業が疑わしい」という状況のみで企業秘密である情報の開示を自ら進んで国の検査機関に行い、全商品の回収も迅速に行うという判断は、企業生命自体を断ちかねないとても勇気のいる判断だったのではないでしょうか。

 

店頭から消えたタイレノール

そしてほどなく、毒物の混入は外部からと判明し、疑念から一転、J&J社の迅速な対応に称賛の声が沸き起こります。

一度は全米の店頭から消えてしまったタイレノール®の復活をかけ、ジョンソン・エンド・ジョンソン社は、事件直後から約2ヶ月間に渡り、可能な限りの対応策を行いました。その対応策は、消費者だけにとどまらず、営業部隊による医師へのプレゼンテーションを計100万回行うなど多方面に渡るものでした。 その努力は、多くのお客様とタイレノール®をより強固な信頼で結びつけました。結果として、1982年12月(事件後2ヶ月)には、事件前の売上の80%まで回復をすることができたのです。

市場が企業の対応を評価した結果がこの数字に表れたのだと思います。

 

迅速な判断と対応の陰にあったのは『企業理念』

これらの対応をJ&J社が出来た事には、J&J社の『我が信条』の存在があります。

「我が信条」を起草したロバート・ウッド・ジョンソンJrは、1932年から1963年まで31年間に亘り、最高経営責任者としてジョンソン・エンド・ジョンソンの経営を主導した人物です。
彼の「我が信条」への思い入れには強いものがあり、いくつかの至言を残しています。1943年に初めて取締役会で発表したときには、「この文章の中に書かれている考え方が会社の経営理念である。」と説明したのに続けて、「これに賛同できない人は他社で働いてくれて構わない。」と断言しています。
株式公開企業になるのだから、株主を最後にするのはおかしいという意見に対しては、「顧客第一で考え行動し、残りの責任をこの順序通り果たしてゆけば、株主への責任は自ずと果たせるというのが、正しいビジネス論理なのだ。」と切り返しています。さらに、「この文書の文言は時代の流れや会社発展にあわせて修正してよい。新しい経営概念を導入してもよい。」と柔軟性を見せる一方で、「しかし、基本哲学・思想は不変のはずだ。」とこの信条への確信を述べています。

(ジョンソン・エンド・ジョンソン社 公式ホームページより引用)
『我が信条』について
http://www.jnj.co.jp/group/credo/index.html?nv=side

そして、事件当時、グループの最高指導者であったジェームズ・バーク会長は、事件の3年前に経営幹部を招集し、部屋の壁の『我が信条』を指差し、
「この『我が信条』とともに生きることができなければ、これを壁から引き剥がそう」
と言い、この『我が信条』の実践を誓い合ったそうです。

このタイレノール事件以降も、何度となく危機を迎えるJ&J社ですが、都度「『我が信条』に基づき全社で対応を実施し、幾度となくその危機を乗り越えた」と言われています。

企業の危機対応力には広報力がとても重要であることは言うまでもありません。しかし、企業挙げての迅速な対応に必要なのは『指針』であり、J&J社で言う『我が信条』であり、『企業理念』です。ただし『企業理念』はあれば良いのではなく、この『企業理念』が企業が存在する大きな理由に成り得て、かつ、経営と広報が人馬一体になってこそ大きな危機を乗り越えられ、『企業が社会の良き歯車であり続ける』ことができるのだと思います。

こういった危機対応や『企業が社会の良き歯車であり続ける』ことについては、経営者や一般社員を問わず、全社的に意識したいことではないでしょうか。

参考
J&J社公式HP『我が信条』
http://www.jnj.co.jp/group/credo/index.html?nv=side
タイレノール製品HP
http://tylenol.jp/story02.html




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